レベルアップ

希死念慮が自殺企図にレベルアップした。

 

私は双極性障害のきらいがある。ラミクタールを処方されている。

このところ鬱が激しく学校にも行けていない。風呂や食事や掃除もままならない。

部屋にはハエが飛んでいる。歯には虫歯ができている。

無理して食べるとゲロを吐く。

ゲロを放置したゴミ箱を開けたらふわふわのカビが生えていた。

 

そこで夜中にピンときた。その瞬間がやってきた。死ぬなら今しかない!

昔括っておいた筈のロープを押入れから見つけようとするが見当たらず、失敗した!と今度は大泣き!

親を起こして、顛末を話すと当然のごとく怒られた。私は理不尽な気持ちでいっぱいだった。

死んだ方がいい筈なのに何を怒られなければならないんだという気持ちだったのだろう、と今ならわかる。馬鹿らしい。

 

今度は友人とゲーム中に来た。ヘッドセットでバカな話をしながら、おっしゃじゃあ俺死ぬわ~と首を括った。そのまましゃべってたら変な声になった。話が面白すぎてロープに絞められた首が苦しくなって失敗してまた泣いた。ガイジか?

 

沢山の人を傷つけ、迷惑をかけた。これからもかけそうな気がする。本当に申し訳ない。止められない。

 

今日は風呂にも入り、飯も食え、掃除もした。すがすがしい気分だ。

親父が外出に誘ってくれた。嬉しかった。死ぬのが怖くなくなる瞬間が来る自分が怖い。

人と居ればそんなこともせずに済む。何かやっていればいい。何かしていよう。それか寝ていよう。自殺はやめよう。どうせやるなら無人の家に放火でもして刑務所体験してみたい。

 

来週通院と検査がある。そのときじっくり現状を話し、何とかより良い方向への、生きる方向への転換を図っていきたい。その日までに死んでいなければ。

 

 

ら~めん

今日は久々の通院。記名を済ませ、待ち時間がだいぶあったので昼飯屋を探すと近くに二郎系ら~めん店があることを知る。


早速行こうとするも距離が中途半端だったので歩きで行くことに。
途中で運動不足がたたり左膝が悲鳴を上げ始めよたよた歩きやっと店に着く。


活気のある店内。子供から大人まで幅広い客層。


学割が効くようだが自分の人相とあまりの安さに申し訳なくなり通常料金の食券を購入。


ら~めんは野菜はくたっとして自分好み。豚はわりとボリュームがあり、麺はワシワシというよりモチモチに近い。


白濁はしていないスープはかなり塩辛い。中和する酢も無いので後半舌がシビれた。
総じてうまかったのでまた来ようと思う。


病院に戻ると午前受付が終了。暇つぶしにバイクを転がしてるうちにガス欠。給油したところで手持ちがもう尽きたことに気付く。


病院の診察代を持ってくるのをすっかり忘れていた。


ということで、明日また通院することとなった。ら~めんがおいしかった。ガイジか?

金ブルース

俺はいらないもんは全部捨てる

俺は必要なものは全て持つ

俺は欲しいものは必ず手に入れる

そのために一番必要なのは

金 カネ カネエエエエ カネエエエエ

資本金 奨学金 ドサ周りの銭 コンビニ強盗で盗んだ金

全部金 もう金 すぐ金 既に金 金が憎くてしょうがない

愛おしくってしょうがない金 金 カネエエエエ 金

労働 労働 体鞭ち鞭打たれ 部屋でションベン処理してた奴が

労働 労働 できるわきゃねえ 体力つけな いっぱい食べな 走ってみな

お前の人生 金 金だ金 そのための資本は金じゃない体 からだ からだ

お前はできている 通学 できている 体力 失っていたもの 取り戻しつつある

だからお前はきっとできる この監獄から抜け出そうぜ 胸を張って卒業だぜ

やれるやろうやるんだぜ そしたらすぐに就職だぜ 工場 修理工 なんでもやるぜ

俺は絶対金を得る 金だ金だ金は可燃剤だ 俺を燃やす金よ 毎朝金を食って金で顔を洗って金で拭いて金トイレで金で金を拭いたら金に乗って金を突っ走る、金燃やしながら、金と俺の腹と、燃やして、金を得るため働くぞ、俺は必ず働くぞ

躁鬱の処方

医師に最近の不安や焦燥のことを伝えると、IQテストの結果などからあなたはちゃんと自立できる能力があるから心配しないでいいと言ってもらえて、こういう率直な言葉は素直に安心できた。

処方は抗不安薬が増えて抗うつ剤からラミクタールに変わった。

軽い運動をやったり、夏休みでしっかり休養できているのもあって、今日は久々にお腹が空いた。健康な欲求というのは幸福なことであると思う。

退学は思い留まった。見通しがある程度立ったからだ。やり遂げる自信があるとは言えないが。履歴書の最後を卒業で締められるのは大きなことだろう。

何より、やり遂げられれば自分の自信となるだろう。挫折してももともとだ。

医師には働くこともできると言って貰えた。その言葉を信じてやっていくだけだろう。

未だに寝つきが悪かったり、悪夢や動悸で目覚めることはあるが、良くなっていっているのはわかる。

ともかく、不安が無ければ私は能力を発揮できる。良くしていこう。

心の様子

この数日休みを取っていて、毎日寝て過ごしている。

睡眠はてきめんに精神への効果がある。

不安しか抱けなかった錯乱状態が、明るい未来を夢想することもできるようになった。

しばらくこうして体力も湧いてきたら、毎日の朝の散歩でもしようと思う。

そうしてそれをしばらくやって、また体力が上がってくれば、散歩からジョギングに負荷を上げて、幸福ホルモンの分泌を促していく。焦らずに。しばらくは寝て過ごす。

心はまるで帽子、毎日どれか一つと歌った歌があったが、躁鬱はそんな病気だ。それ以上だ。毎日複数の気持ちがゴロゴロと湧き出ることもある。押し寄せる不安、恐怖、それらが”躁”転移して狂気のしあわせ、俺最強モード、偽りの幸福が俺の心を満たす。それれは数か月から数週間、数日、ばらばらの周期に、ばらばらと俺の心を満たしつつ蝕んできた。

躁鬱関連の書籍はKindleにたくさんあるので、明日はそれを読もうと思っている。

心がずっと朗らかで軽やかで伸びやかでありますように

つらいと思ったら

うつでつらい人、俺みたいに変に空白期間を作るまいとフリーターやってみたり大学行ってみたり専門行ってみたりしないほうがいい。

しっかりと療養計画を立ててみたりしたほうがいい。

3年くらい休んだらいい。

毎日仕事や学校へ行くより毎日有酸素運動したらいい。

毎日つらくてもそのほうが回復ができるから得る物がある。

得る物のない苦役に身を置く必要はない。

おもえばいつも焦って急いで失敗ばかりしてきたが、また失敗を積み重ねようとしている。

つらさに耐えて毎日頑張っていたが、だんだんと膨れ上がって気付けば手に負えない抑鬱と不安、恐怖で目覚める朝、その朝が怖くて眠れぬ夜が今だ。

一体もがいて何が得られたんだろう。大人しく休んでいたらよかった。

俺は脳にキズの入った障害者だ。内側からロボトミーされた気狂いだ。

それがどうしてふつうの生活に溶け込むことができるんだ。どだい無理な話だった。

今、頭に浮かぶのは、自殺、強盗、退学、自殺、就職、休養、自殺、休養、不安、不安、不安、不安、不安、恐怖、不安、不安、不安、不安

こんな状態では何もできっこない。俺には何一つ成し遂げられない。

学校もただ言われたことを黙ってやっていればいいのならよかった。主体的学習が必要とされたり、自分の研究班に誰一人主体性のある者がおらず舵を取らされたり、もう限界なんだ。

これが精神病患者の現実だ。俺を買いかぶっていた人たちには残念だった。

この世の毒にしかならない腫物だ。今はただそっとしておいて欲しい。

今日親が包丁を落として足の指を切った瞬間、俺はこれ以上の血を流さないといけないと思った。死ぬためには。

ハローワークの求人を眺めながら強盗や窃盗について考えた。どちらも失敗することしか想像できない。

想像なんてあてにはならない。それは学生生活でよくわかっている。卒業できると高を括っていたのだから。

絶望しかない訳ではないけど、高卒で今までずっとフラフラしてきた俺はまたフラフラ期間とみなされる療養期間を取ろうとしている。いつもこいつに失敗するのだ。

つまり療養とは無い主体性を絞り出して計画するものなのだ。

カウンセリングとかを受けるだけじゃダメだ、受ける前に自己と向き合って要点を整理しなければ。

そもそも私はうつに関する書籍もろくに読んじゃいない。自分が発達障害だということばかり考えていたから二次障害の抑鬱躁状態をないがしろにしてきた。

俺はもっと健康で元気で健やかな自分になる。

ハイでもロウでもないフラットな健やかさを取り戻す。

そのために必要なものを調べ上げる。

俺は学業から逃げる。この無益な自分いじめをやめる。卒業できればそれは本当に良い事だったろうが無理だ。つらい、苦しい、逃げたい、吐きたい、やめたい、消えたい、死んでしまいたい。

もう限界なんだ。気付いたらもう限界になっていた。そんなものだ。過行くものであってもだ。限界なものは限界だ。死ぬよりはましだろう。揺れている。まだ心は揺れている。

不安増大など一過性とみてつらさに耐えて学校へ行く道。

この異常な不安と恐怖は完全に限界のサインだから手遅れになる前に休む道。

俺はこの行を書いている今しがたマイスリーの副作用のふわふわの中に入った。

休む道もまた過酷だがきちんとスケジュールを組んで翌日疲れの残らない有酸素運動、朝は映画鑑賞、昼は読書、夜はゲームだレクリエーションだなどとやって、記録するのだ。今日の自分は楽しかった、よかった、だるさがなかった、だるかった、眠かった、元気だった、そういったものを書き記していつか就職するときにでも見せるのだ、自分はこんなに頑張ったのだぞと、そのくらいの意気で低負荷の療養というのをやるのだ、

俺は元気になりたい、マイスリーでラリっている今なんてまやかしだ。ほんとの元気が欲しい。減薬を考えるまでの改善が欲しい。俺は健康になりたい。煙草も酒も減らそうじゃないか。なにせ夕方のけだるさや不安にはバーボンのショットが一番効くのだ。

ビールは良くない。胃酸が上がってくる。煙草を吸うと胃酸が上がってくる。文字通り反吐が出る。でも煙草はやめらんねえ。酒もバーボンはやめらんねえ。炭酸やジュースを控えている。朝食は何がいいのだろうか。普通に白米納豆ご飯でいいじゃないか。

卵焼きにウインナーも添えて作ろう。 昼は何がいいだろうか。牛丼でいいじゃないか。チーズものっけて味噌汁と一緒に食おう。夕飯は何でもいいじゃないか。家族みんなで食えば何でもうまい。

つらいと思ったらもう限界だったのだ。甘え、詐病、などなどくだらない下衆の勘繰りは気にはならない。

 

みな無益な苦役に勤しむこと勿れ

みな死にたもうこと勿れ

みな休むべし 有益たる役に勤しまん

 

アカシジア

朝、無駄に葛藤するのをやめたらいいと気付いた。

家に居ようが、外に出ようが、やることはやるものだとすんなり受け入れられた。

習慣になってきたという事なのだろうと思う。

思考は手段ではあるけど、悪癖にもなり得る。

よい習慣が悪い習慣を駆逐したのだから良い事だと思う。

息は変に意識しすぎると過呼吸になるのと同じで、べき思考は習慣づけの切欠にはなり得るが、漫然延々と意識しすぎれば思考の癖になり、無駄な葛藤を毎朝呼び込む。

やることはやるものと思えれば、余暇も心を憂鬱に染めずに生き生きと羽を伸ばせる。

このすんなりとした心のスムーズさを忘れたくないのでここに書き残す。

 

行動の理由、学業や労働の必要、明日のやることもはっきりわかりきっていて、やればやっただけの結果も残せるのだから、無為にジレンマを見出すことは無かった。

今日は2日掛かろうと思われた作業を一人だけで半日で終わらせる事もできた。

今週は親が里帰りで、就職活動もあって、学校は文化祭で、家事やら何やら忙しい一週間だが、そういう刺激が閃きを与えてくれたのなら感謝すらできる。

しかし無理をすればダウンしがちな私だから、来週はペースを落として生きようと思う。

普通が一番難しいが、こうして自分の普通をだんだん作っていければいいと思う。

 

ところで、アカシジアが酷く、足をマッサージしたり、ストレッチしたり、散歩したりを強いられる。じっとしていられないのはつらいが、運動をしたいと思わせる所は悪い事でもない。

かわりにヒステリー球は引っ込んだ。喉のつかえが消えると、呼吸が楽だ。当たり前が戻るのは嬉しい。

 

習慣は力になる。ずっとこのままでは無いだろうが、上がり下がりしながらでも生活が続けばそれでいいと思う。