自分語り禁止令

「みんな集まったか?」

 

「見張りは?」

 

「すべて万全だ。全員の身元も洗ってある」

 

「よし・・そしたら始めるぞ。」

 

薄暗い地下室のような場所で薄汚れた男たちが数人、寄り集まって座り込んでいる。

 

「おい、急げ!隣の地区にガサ入れが入ったって!」

 

「ああ・・!それじゃあ行くぞ・・・よく聞けよ・・?」

 

ごくり、と唾を飲む音が響いた。

 

「あのな・・?俺、実はな・・・・・?今日な・・・?」

 

 

 

 

「今日の朝・・・味噌汁を飲んだんだ」

 

語りだした男の周囲がおお、と湧き上がる。

 

「それで?味噌は、味噌は何だったんだ?」

 

「赤みそ主体の・・合わせ味噌だ」

 

他愛もない一人の男の日常に、よれよれの古着姿の男たちは釘づけになっていた。

 

「それで?」

 

その男たちから少し離れて木箱に腰を下ろしていたハンチング帽の男が、興味深げに訊ねた。

 

「具は何だったんだ?」

 

語り部にかじりついていた男らの視線が、突如ハンチングに集まる。

 

「具だよ。わかめとか、豆腐とか、わかるだろ?」

 

「あ、ああ・・・わかるよ。具は入っていた。」

 

「何が入っていたんだ?いや、お前は何を”入れた”?」

 

「うっ・・・!」

 

「なあ、警戒しすぎだよ。ここに居る奴らの身元はわかってんだ。」

 

「そうさ。人のあるがままを語り合いたくて集まった同志に、遠慮はいらないぜ」

 

「あ、ああ、そうだよな。取り乱して悪かったよ、お兄さん。」

 

「いいさ。それより、質問に答えて欲しいな。俺たちはそのために集まったんだから」

 

「そうだな。・・それでな、その味噌汁の具は・・」

 

全員の視線が語り部に注がれるなか、ゆっくりと口が開かれた。

 

「にぼしと、じゃがいもと、玉ねぎだった」

 

「ありえない!」

 

一人の男が突然叫んだ。場の空気が凍る。

 

「赤みそ味噌汁の具は油揚げと決まってる!」

「それにだしがらのにぼしを具にするなんて、そんなもの生ゴミ汁だろ!!」

「玉ねぎとジャガイモ?洋風の汁物が飲みたいならコンソメスープでも啜ってろ!!」

 

男らが戸惑う中、語り部が反論した。

 

「おふくろの味をバカにするのか?」

 

「そんな味噌汁もどきをありがたがるようになっちまったんだからな!」

 

「それならお前はたいそう立派なオミオツケを毎朝飲んでるんだろうな?」

 

「当たり前だ。だしは毎朝一番だしを取ってる」

「自家製の味噌と有機栽培の大豆の豆腐と油揚げ、旬の野菜」

「これからの季節はそうだな、みょうがなんぞを楽しみにしているよ」

 

「みょうが?」

 

黙って様子を見ていた男らの中から誰ともなく声がした。

 

「みょうがって味噌汁に合うかなあ」

「酢漬けとかは好きだけど味噌汁にはねえ」

「俺あの独特の風味がダメだわ。山菜全般苦手だけど」

 

語り部がフフ、と笑う。

 

「どうやらお前さんのご自慢の味噌汁もこいつらには不評のようだぜ?」

 

語り部に反論した美食家の味噌汁マニアは肩をすくめて言い返した。 

 

「舌の貧しい奴らだよ。お前らもこの男のような味噌汁もどきが好きなのか」

 

「時間ないからインスタントだよ。たいして味変わらないだろ?」

「俺はパン食だから、味噌汁飲まない」

「そもそも朝飯食わない派なんだよね、缶コーヒーとかで済ましちゃう」

 

「おいおいふざけるなよ?」

 

次に声を荒げたのははじめの語り部だった。

 

「朝食はごはんと味噌汁って決まってんだろ!」

「どんなに忙しくても食うんだよ朝食を」

「インスタントなんて別物だろ!!あんなものジャンクフードだ」

 

「ごはんと味噌汁だけってのはバランスが悪い、お前だって完璧とは言えないね」

 

「日本人ならコメと味噌汁!!お前日本人じゃないだろ!!」

 

「おい、外国人を差別するのか?」

 

ついさっきまで静かだった地下室が嘘のように罵倒と熱気に溢れていた。

 

「そろそろかな」

 

ハンチング帽の男が入り口の方を見ながら呟くと、男たちに視線を戻した。

 

「はいストップ!」

 

「なんだ、お前もパン食派か!」

 

「いやあ、悲しいですよ。せっかく志を持って集まったのに、こんな結果になって」

 

「うっ・・!」

 

「確かに、もう味噌汁の話はやめよう、別の話をしようよ」

 

「もう遅いです」

 

「え?」

 

一斉に黙って耳を澄ますと、ドドドド、と複数の足音が近づいていた。

 

「なっ・・見張りからの連絡はなかったのに」

 

「ありましたよ。口論でブザーが聞こえなかったみたいですね」

 

「なんで気付いていたのに知らせなかった!」

 

「知らせる必要がないからです」

 

地下室の扉が爆音を上げて開かれた。と同時に武装した集団がぞろぞろと入ってくる。

 

「動くな!」

 

「な、なんですか!僕たちは何もしてませんよ!」

 

「ほう、では何をしていたんだ?」

 

「会議です。工場の稼働ラインの調整について話し合っていました。そうだよな?」

 

男は冷や汗をかきながらハンチング帽の男にアイコンタクトを送りながら言った。

 

「違います。彼らは”自分語り”をしていました」

 

「嘘だ!!おい、なんでそんな嘘をつく!!」

 

「これが証拠です」

 

ハンチング帽の男が胸ポケットのペンを取り出し、カチ、と操作すると、先程の口論が再生された。

 

武装した集団のリーダーらしき男が書類を取り出して読み上げ始めた。

 

「自分語り、又はそれに準ずる行為、そのために集会を行った者は、その場で処刑」

 

「おかしいよ!人との会話、交流がどうして罪になるんだ!」

「そうだ!俺たちはただ、人の話を聞いて、絆を深めたかっただけなのに!」

「事務的なやり取りだけじゃ人はわかり合えないだろ?」

「本音でぶつかり合って、心を通わせなきゃ———」

 

「構え!」

 

男たちの反論をかき消すように銃声が幾重にも響き、冷たい地下室の熱い自分語りは幕を閉じた。

 

いつとは言わんが、あの日から既にこの国には言論の自由など無いのだ・・去り際にそう呟いたハンチング帽の男の顔は、どこか男性器に似ていた。